やはりトランプが
アメリカの大統領選、やはりトランプが制した。何故「やはり」と思ったかって? それは、彼の言葉が、人種差別や、ロッカールームトークや、移民蔑視や、宗教差別を含めて、多くのアメリカ人の本音だからだ。彼が現れるまで、あからさまには言えなかった多くのアメリカ人の本音を、彼は臆面も無く言い放った。11年間アメリカで過ごして、人前ではトランプ支持だと言えなくても、多くのアメリカ人が彼の考えに共感しているはずだと私には思えた。日本政府の役人はクリントン勝利を信じて疑わなかったようだ。キャリアコースの官僚は公費で米国留学をするそうだが、少なくともアメリカ人の本音くらいつかんで来てほしいものである。
建国以来のアメリカの良心は差別や人権侵害をゆるさなかった。だが、多くのアメリカ人の心の底には人種や宗教に差別意識があり、多くの男性には女性蔑視もあり、アメリカだけがナンバーワンだという意識がある。その感情を刺激したのがトランプだ。アメリカ人の本音が勝利したのが今回の選挙だろう。これが民主主義というものなのだ。民衆がおろかならばおろかな代表を選ぶことになる。
ただ、トランプは意外と賢いのかもしれない。多くのアメリカ人の本音を見抜いて、計算づくで、あのような主張を繰り返し、大統領選を勝ち抜いたのかもしれない。選ばれた今、これから品のない発言を修正し、国際社会でも通用するような権威づけを始めるのだろう。
だとしても、彼はこれから、自らが開けてしまったパンドラの箱に苦しめられるにちがいない。彼の臆面もない差別発言は、批判を恐れて、物言わなかったあらゆる差別主義者達にもの言う勇気を与えてしまった。これから、ネットの世界や言論界でも差別発言が横行する可能性がある。それに対する反作用もあろう。人種、宗教、性、出身国籍、文化等の違いによるののしりあいや争いが増えるかもしれない。日本でも安倍政権になってから、ネトウヨが巾を利かせ、ヘイトスピーチ、ヘイトデモも公然と行われるようになった。アメリカ社会はもっと複雑だ。かつてのLong and Hot Summerが再びアメリカ全土を覆うことのないように祈る。そして、分断した民心を一つにするために敵を作って戦争をはじめるなどと言うことの無いように祈る。
「感情では なく理性が、利己ではなく正義が、人類並びに国家の裁定の基準たる日が来るであろうことを期待するのはあまりに多くを望むことであろうか」 とは新渡戸稲造が死の直前のカナダでの公演で最後を締めくくった言葉であるが、今回の大統領選は、83年前の新渡戸の望みとは正反対の判断の基準で投票がなされたと言うことであろう。人類は進歩しないものである。アメリカ大統領選だけでなく、民衆の縄張り意識や民族・人種差別意識、ナショナリズムを刺激して攻撃相手をつくり、民心を我が方へ引きつけようとする手法を用いる「指導者」が各国で目立つようになって来た。もはや「扇動者」であるが、そのような人物が世界で同時多発的に出現するのは何故なのだろうか。世界の人々の思考にも我々の意識外の一種共通のムードのようなものがあるのかもしれない。世界各国で学生運動が荒れ狂った時代もあった。不思議な共振現象である。各国のナショナリズムの高揚が戦争への道を切り開かないことを祈る。
しかし、今回のアメリカ大統領選に話をもどせば、理性や正義を基準としても、選ぶ相手がいなかったのが今回の大統領選であったのかもしれない。
クリントンだって、本音はトランプと大した違いはあるまい。だが、アメリカ大統領候補たるもの、こうあらねばならぬという「らしさ」を保つ理性は持ち合わせているようだ。理性や知性でカモフラージュされた、見えない本音と、むき出しの本音が戦って、むき出しの本音が勝った。世界はこのむき出しの本音に恐れを為しているが、カモフラージュされた本音とむき出しの本音、本当に怖いのはどちらだろうか。少なくとも、品はないがむき出しの方が分かりやすい。
アメリカは石油の利権を確保したくて戦争を仕掛ける時も、自由と民主主義のためにという大義を掲げる。本音が見え透いていてもそうするのだ。それが彼らにとって心地よかったのだ。世界に対する言い訳だった。トランプの外交はもっとアメリカのエゴむき出しの外交になるかもしれない。しかし、大義を掲げる外交も、本音も、もともと彼らが目指す所は同じ国益なのだ。トランプをことさら恐れることはなかろう。私が恐れるのは彼が開けてしまったパンドラの箱とその波及効果の方だ。
トランプ陣営は着々と新政府の準備を進めているようだが、この大統領選、政権移行までにまだ一悶着あるかもしれない。スムーズに政権移行したとしても、来年の夏は久々にLong and Hot Summerになりそうだ。(毒舌学者)
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